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エガオヲミセテ



照準器の調整

11月15日の猟解禁が目前となりました。
本番に備えて今年も銃の照準器に狂いがないか、射撃場で実際に撃って確認に行きました。
実は前回照星照門を用いて照準を合わせる、いわゆるオープンサイトのスラッグ銃身で的紙に向けて練習した時にまったく弾がまとまらないという事態になり、照門を右にやったり左にやったりと散々いじくったのですがどうにもこうにもバラバラで、これ以上撃っても弾の無駄だ、とあきらめた経緯がありました。
最初、原因がわからず悩んだのですが、思い当たることとして第一に弾のメーカーが統一されてなかった、ということがありました。
いつも使っていた日本製のレミントンスラッグ(猟用)とたまたま譲り受けたフィオッキ製スラッグ、そしてアメリカのレミントン製と3種類の弾を撃っていました。
第二に銃身のクリーニングがきちんとできていませんでした。
通常、バラ玉の散弾は銃口から出るまではワッズと呼ばれるプラスチックの容器の中に納まっており、鉛の弾そのものが銃身内側に触れることはありません。そのためどんなに発射しても銃身内に鉛が付着することはないのですが、一発弾のスラッグは鉛が裸で銃身を通過するため、発射するたびに少しずつ鉛が銃身内部に付着していくことになります。
これをしっかりと溶剤やブラシで掃除してやらなければならなかったのですが、できていなかったようです。使っていた掃除道具もワイヤーの先にブラシをつけて銃身内を通すタイプのものだったのでゴシゴシと往復で使えなかったこともあってブラシを通す回数も足りなかったのだと思いました。
そこで、棒の先にブラシを取り付けられる「洗い矢」(と言います)を購入し、クリーナーを吹いてひたすらブラシでこすりました。
そうしたら出てくる出てくる。やはりそうとう鉛がこびりついていたようで、驚くほど鉛色(当たり前)の粉が銃身から出てきました。
銃身内をピカピカに掃除して、弾も普段の猟で使っていて僕の銃身に相性が良いと思っていたレミントンに統一して、いざ射撃場へと向かいました。
更に、スコープなど照準を合わせるときにはできるだけ銃を固定した方が良いと思ったので、最も安価なタイプですが専用のガンレストを購入し、持参しました。
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照門は前回のまま。一発目は的紙の左上隅にかろうじて着弾しました。
右下にもっていきたい。ということで、照門を右方向、下方向へそれぞれ適当に動かします。スコープと違って何目盛りが何インチとかはないのでこんなもんかな?の世界です。
すると前回とは違って、ちゃんとそれなりに着弾点が右下方向に寄っていき、概ね的紙の黒丸内(直径20㎝)に収まるようになりました。
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撃った順番は忘れてしまったのですが、だんだんと集まってきました。
僕はオープンサイトでスラッグ銃身なら50mで20cmに集まればOKだと思います。

これでスラッグ銃身の調整は終わりにします。照門の位置を写真にとって記録しておきます。
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続いてハーフライフル銃身を試します。
昨年スコープを合わせて一猟期使用しましたが、再調整はしていません。
弾は昨年単独猟でメインに使っていたレミントンの銅弾、カッパーソリッドとフェデラルの鉛サボット、そして試してみたかったフェデラルの銅弾、トロフィーカッパーをテストしました。
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こちらは精度が求められるので100mに的紙を張ります。
僕は100mで撃つときは通常の的紙だと黒丸内の着弾が双眼鏡でも見にくいので、射撃場でタダでもらえる十字線を引いただけの紙を使っています。
狙う時も十字線にスコープの十字を合わせるだけなので、シンプルで誤差も少ないと思います。
結果がこれ。フェデラル鉛は3発だけ撃って15センチ内に収まったのでOK。
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ですがフェデラル銅は右の十字を狙ったのにもかかわらず、一発だけ中心付近に行きましたが他4発は左よりに集まりました。

的紙を変えてレミントン銅を撃ちます。
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これは4発だけ撃って中心付近に2発と、遠くても10㎝内に収まったのでOK。結果スコープの設定はそのままで、弾は今年もレミントン銅をメインに行くことにしました。
フェデラル銅はいまいちなので僕の銃ではやっぱりやめておくことにします。

ちなみに単独猟は結構山奥まで入って行うので獲物を現地解体することがほとんどで、結果的に残滓を現地に残さざるを得ません。残滓は埋設処理が義務となっていますが、真冬の信州の山はほぼ地面がガチガチに凍結しているので、実際は完全に埋めることが困難なことが多いです。
雪や周りの枝葉なども使って、できるだけ埋めるというか隠すというか埋設に近づくように努力しますが、完璧には難しい。また、きちんと埋めたとしてもほとんどすぐに他の動物に掘り出されて食べられてしまうのですが、その際に鉛の弾が体内に残されていた場合鉛中毒を起こすことがかねてより問題視されています。
北海道ではワシなどの猛禽類の中毒死が頻発し、鉛の弾が現在は禁止されている状況です。
本州は鉛弾の使用は法的には禁止されていませんが、そんな理由で特に単独で奥山に入る猟を行う時には僕はなるべく銅弾を使うようにしています。

というわけでとりあえず照準器の調整は終了。
今年は単独猟でハーフライフル。巻き狩りではスラッグ、と明確に使い分けようかな、と考えています。
いよいよ猟師が待ちに待った季節が始まりますね。


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信州伊那谷親子リフレッシュツアー2018

この夏も福島からの親子22人を伊那に招き、今年で6回目となる信州伊那谷親子リフレッシュツアーを開催しました。
実は毎年直前になるといろいろ心配になるのですが、今年は開催前の不安が今までで最も大きかったような気がします。
理由はいろいろあるのですが、まず年々スタッフが減ってきているということがあります。
こうした活動は常にお金と人の不足に悩まされます。どちらも不可欠ですが、回を重ねていくうちにどうしても減っていく傾向にあるのはどこも一緒かもしれません。
特に年間を通して様々な準備を進める中心的なスタッフが減ってしまったこともあり、それぞれの負担も大きくなってしまっていました。
そして今年は直前に台風が接近してきていることがわかっていて、ツアー中に直撃する可能性も十分にあり得た状況でした。
ツアーのプログラムはここ数回は固まりつつあり、カヌー体験、川遊び、魚つかみなど水遊びが中心のメニューとなっていました。
なので降水量によっては、たとえ当日の天気が晴れだったとしても川が増水していれば当然中止を検討しなければなりません。
カヌー体験のプログラムはノウハウのある地元のグループにお願いしていて、そちらから慣れたスタッフも参加してくれるので、僕らは毎回安心して見守っていることができました。
魚つかみについても地元社協主催の地域のイベントに参加させてもらっているので、こちらの仕事と言えば準備のお手伝いをすることくらいで、これに関しても負担は小さく、とてもありがたいことでした。
今年は魚つかみは予定通りに行えたものの、その後のカヌー体験は台風の影響で湖が流木に埋め尽くされてしまったために中止となり、急遽川遊びへと変更することに。場所は2か所あった候補地の内、雨の影響が少なかったこれまで毎年川遊びを行っていた川。ここは何事もなく終わったのですが、翌日、もう一か所の川へと場所を変えて行った川遊びで初めて、大きな事故が起きてしまいました。参加者の男の子が岩から川へ飛び込んだ際、足を骨折してしまったのです。
多少の濁りと増水があるものの、前日よりはだいぶ状況は改善されていたためこれなら大丈夫だろうとの判断で、何より二日連続で川遊びになってしまったこともあり、前日とは場所を変えたい気持ちもありました。

下見が不十分だった。スタッフの配置が適切ではなかった。そもそも川遊びを中止すべき状況だった。要因はいろいろあったと思います。結果的にはっきりしているのは僕らは万全の準備をしていなかった、ということです。
気のゆるみもあったと思います。やはり起こるべくして起こった事故だったのかもしれません。
翌日早朝、僕ともう一人で怪我をしたA君を車で南相馬の病院まで送りました。
病院で待っていたお母さんは迷惑をかけて申し訳ない、と恐縮していたのですが、僕はこちらの不備で怪我を負わせてしまったという気持ちが強くあったので逆に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

大きな事故が起きてしまった今回のツアーでしたが、会の運営体制など根本的なところから見直さなければいけないな、と強く思いました。
特に安全面の対策が不十分であることは明らかなのでこれに関しては自分たちだけで何とかしようとするのではなく、保養活動を行う他の団体の方や子どもの野外体験活動を行っている専門知識のある方などいろんな方に意見を聞いて行く必要もあると感じました。
後日、A君のお見舞いのため、あらためて南相馬を訪ねました。
足はギブスで固めているものの、元気な笑顔で迎えてくれました。でも全治までは3か月ほどかかるそうで、子どもにとっては長い長い療養生活です。
野球大好き少年で、病室のテレビも甲子園中継。野球の話でしばし盛り上がりました。
その後、お母さんとも懇談。実家が原発近くで帰ることができないほど汚染されてしまったこと。事故時、福島第二原発で働いていたこと。その時目の当たりにした悲しい事故が現在もトラウマになってしまっていて職場を転換してもらったことなど、短い時間でしたが立ち入ったお話も聞かせてくれました。
きっとこの地では誰もが大なり小なりこうした心の傷を背負いながら生きているんだろうな、と思いました。

なかなか気持ちの整理もつかなかったので記事にするのも遅くなりましたが、この時の気持ちを忘れないためにも記録として残しておこうと思います。
今回の事故は大きな怪我ではありましたが、場合によってはもっと重大な事態になっていても全く不思議ではありませんでした。実際にそうなった時、自分たちはどのようなことを思い、そして行動できるのか。できるだけ具体的にイメージしてみることはいろんな意味で大切な事だと思います。
何か事が起こったときに、「まさか自分たちにそんなことが起きるとは」、とか「想定外だった」、などということは言いたくもないし、聞きたくもないです。様々なケースを想定し、対応をあらかじめ考えておくことも重要な準備です。
来年に向けても開催ありきではなく、準備が整わなかった場合や不測の事態になった時には安全を第一に考えて躊躇せずに中止を決断する勇気を持つということも主催者としての義務、責任です。今回のことを決して無駄にしないようにスタッフ同士、議論を重ねて今後に生かしていきたいと思います。

そして今回初めて、僕が獲った鹿、猪の肉を参加者の方々に振舞いました。
これは毎年参加してくれている子と来年も参加したら食べさせてあげる、と約束していたためで、ならば皆さんへ、と思ったからでした。肉は一応事前に放射能測定をして不検出の物を使用しました。皆さん「おいしい」と大好評だったのでホッとしました。

参加者にはリピーターの子も何人もいて、毎年会うたびに成長している姿が本当にうれしいし、なんだか頼もしさも感じます。
今回も子どもたちに助けられたな、と思う瞬間が何度もありました。
「来年は君はボランティアスタッフとして来なよー」なんて話したりもしながらお互い年々仲良くなっていきます。
彼らが大人になった時、また会っていろんな話ができたら嬉しいだろうな、なんてちょっと夢描いていたりもします。

最後に今年のツアーの写真を。

魚つかみ
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川遊び
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農作業体験
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おやき作り
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そして二回目の川遊び。ここで事故が起きてしまいました。
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  1. 放射能
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福島旅行2018春

もう先月末のことになりますが、二泊三日で今年最初の福島に行ってきました。
今回は単に旅行だったのですが、一昨年まで行っていた毎年夏祭りに合わせて飯舘村の方々を長野に招待して交流する活動の旧実行委員メンバー4人での訪問で、これまでも定期的に行っているものでした。
都合が合えば交流があった飯舘村の皆さんと食事でも、と思っていたのですが連休ということもあり皆さん予定があるようでしたので、今回は福島に行くたびにお世話になる飯舘村村議の八郎さんのみお会いしてお話を伺う予定でした。
初日の宿泊は昨年秋に福島に行った時にも利用した南相馬市、小高駅前の双葉屋旅館を予約していたため、常磐道経由で向かいました。
常磐道は福島第一原発に近いところを通るため、線量がかなり高い場所があります。
そのため、その辺に差しかかると線量を表示した看板が定期的に設置してあり、注意を促しています。
今回、時間に余裕もあったこともあり目的地の南相馬ICの結構手前、広野ICで高速を下りて僕としては初めて国道6号線で原発のある双葉町大熊町を通過してみました。
国道6号線は本来立ち入り禁止区域である帰還困難区域を通りますが、主要幹線道路ということで歩行者や二輪車は通行禁止という特別ルールで通行可能となっています。
帰還困難区域内で6号線から横道に入るには許可証が必要で、ない人は6号をただ通り過ぎることしか現在はできなくなっています。

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楢葉町には福島第二原発があります。

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利用されなくなった店舗や建物が鹿島、前田建設など大手ゼネコンの現場仮事務所になっているというケースを結構見ました。

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線量計の スイッチを入れると大熊町の手前くらいから2μSv/hを超え、第一原発付近では車内でも4μSv/hを超えました。

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福島第一原発のものとみられるクレーンや煙突のようなものが見えました。ここまで近くに来たのは初めてでした。

6号線はいろいろな作業に当たる人たちの車両がひっきりなしに通り、交通量はかなりありました。

双葉屋旅館がある南相馬市小高区にちょっと早めについたので、チェックイン前に小高駅前を散策しました。
駅からすぐのところでこの4月にオープンしたばかりの「フルハウス」は、震災後に小高に移住した作家の柳美里さんが開いた本屋さんです。
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柳さんの親交のある作家さん24人が選んだそれぞれの20冊に加えて、柳さん自身の著作とお勧めの本、あわせて5000冊が並ぶ小さな本屋で、平積みされた柳さんの著作にはそのすべてに直筆のサインと入魂のメッセージが添えられています。
この日は柳さんの姿はありませんでしたが、自ら店頭に立つこともあるそうです。

前回来た時に南相馬市の海辺の畑で菜種の種まきイベントがあったのですが、この日も旅館にその時のスタッフの方々が宿泊されていたので女将さんに聞いてみると、どうやら菜の花が満開になっていてその花見イベントが翌日にあるということでした。
今回の行程で菜の花畑を見に行く予定はなかったのですが、せっかくなので翌朝見に行くことにしました。

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一面の満開。イベントは時間が早くてまだ始まっていなかったのですが、思いがけず見ることができてよかったです。

約束の時間があったのでゆっくりもしていられず、今度は飯舘村へ向かいます。
飯舘村村内に入り、待ち合わせ場所の村役場の近くで中学生らしき子どもたちがジョギングをしていました。
僕が飯舘村へ行くようになってから村内で子どもに会ったのは初めてだと思います。
一瞬ドキッとしましたがすぐに、そうか避難指示解除になったんだった、と思い出しました。
その日は土曜日だったので部活動かもしれません。数は少ないとは聞いていましたが、村に帰った子どもたちが実際にいるんだということに村に入ってすぐに気づかされることになりました。
飯舘村役場で八郎さんと待ち合わせ。村のその後についてお話を伺います。
帰還困難区域の長泥地区を除いて、飯舘村の避難指示が解除されたのは2017年の3月31日。これまでに村に戻ったのは約500人だそうですがその半数くらいは夜は飯舘村外の家に戻っている、とのことです。
そして100人ほどの子どもが村内の学校に通っているそうですが、実際にはそのほどんどが村外に居住し、毎朝村が用意した送迎バスなどで通っていて、その費用は年間2億円にものぼると言います。
役場のすぐ前にあるもともと中学校だったところを改装して、小中一貫校として利用しているのですが、そのすぐ横に新しいこども園が完成していました。
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学校入り口でも何か大きなものを建設中でした。(何かはわかりませんでしたが室内プールのように見えました)
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運動場も整備中。横のテニスコートでは親子でテニスの練習中でした。
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周辺は除染を念入りにやったそうで、線量は概ね0.2μSv/h前後だったのですが、ちょっと脇の植え込みあたりを測ってみると1.4という数値が出ました。学校のすぐ前です。
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こんな場所ですらこんな状況なのか、と心配になります。

そして前回来たときはまだ建設中だった道の駅に向かいました。
これがまた木をふんだんに使った立派な建物で、それなりにお金もかかってそうです。
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連休に入ったこともあってか、お客さんもそこそこいたような気がしました。

裏側を見るとなにやら建設が始まりそう。
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八郎さんに聞くと公園ができるということです。
昨年には立派な公民館もできており、さすがにちょっと作りすぎだろうと今後の維持費を考えると不安になりました。
村はさらに村立の高校を作ろうと模索していたようで、その財源のほどんどが寄付などをあてにしているようで、かなり危うい計画だと感じました。
しかしその後のニュースで議会の理解が得られないとして、村は計画を断念した、と報じられました。議員である八郎さんらの頑張りがあったのだろうと思います。

その後、飯舘を抜けて隣の川俣町へ。ここには昨年まで僕が八郎さんの協力を得て、僕の地元の小学校の支援学級との橋渡し役をしていた飯舘村の仮設小学校がありました。
3年にわたって3回訪れた仮設校舎でしたが2017年3月の避難指示解除後、一年間の猶予期間を経て今年3月に閉校となっているはずでした。
閉校に伴ってこの取り組み終了となってしまっていたため、今回は個人的な見学でしたが役目を終えた仮設校舎には、当たり前ですが子どもたちの姿はなく、すでに解体工事が始まっていました。
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ちょうど昼休み時間だったのでちょっと中を見学。

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訪れるたびに子どもたちと面会をした校長室もこのような状況。

見ているうちになんだかこみ上げてくるものがありました。
使用されたのが6年間ということは、最初の年に1年生だった子は小学校生活のすべてをここで送ったことになります。
そしてその母校は今、早くも姿を消そうとしているのです。
本当に大人の都合に振り回されたな、と申し訳なく思います。
でもこ帰村、新校舎の開校ですべての問題が解決したわけでは決してありません。
子どもが帰ってこないことには未来はないので、村は教育に関することには特に力を入れて整備を進めているように感じます。
とはいえ現状に即していないあまりに過剰な施設や設備への投資は、結果的に未来に負の遺産を残してしまうことにもなりかねません。
双葉屋旅館の女将さんが「除染は失敗だった。もちろん生活圏などやらなくてはいけないところもあるが、そうでないところはやらずに自然に任せるべきだった」と言っていたのが印象に残りました。
そう、放射能汚染は完璧に除去できないということがこれまでで十分にわかったはずです。
その上で、つまり汚染は残るという前提の上で今後、地域は諸問題に取り組んでいかなければならず、そしてそれは日本でこれまでに前例のないことでもあります。
だからと言って、お金や物で釣るようなやり方や、行き過ぎた安全アピールによる帰還促進は短期的には効果があるかもしれませんが、長い目で見ると決して良い結果にはつながらないでしょう。
何より、未来の象徴ともいえる子どもたちの安全が最優先にならなければいけないということは言うまでもありません。
この問題、今後も注目していきたいと思っています。

二日目の宿泊は二本松、岳温泉。普通にのんびり楽しみました。
震災後、本当にいろんな縁がある福島。
これからも定期的に足を運ぼうと思っています。



  1. 放射能
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猟日記2017-2018⑥山中泊猟3

この猟期、5頭の目標は達成したものの、それとは別に実行したいと思っていたことがこの山での泊まり込みの猟でした。
1回目、2回目の様子はすでに書きましたが、まだやり残していることがありました。
それは厳冬期に二泊すること。そして山でその時に獲った獲物を山で食べる、ということでした。
1日増えるだけですが一泊と二泊とではだいぶ違います。食べ物をはじめ、装備の面で気を付けなくてはいけないことがかなり増えるからです。
体力的にもそれなりに消耗するでしょうし、天候の変化も心配です。
そして何より、当たり前ですが厳冬期の山中は激寒です。ちょっとの判断ミスで命を落とすことも十分にあり得ます。
なので一応これまで2回の山中泊の猟を練習的な位置付けで段階的にやってきたわけで、実際その経験がなければちょっと厳しかっただろう場面もいくつもありました。

まず装備の面で、前回は夜寒かったため新たにシュラフカバーを用意しました。
シュラフの上から被せるものですが、大事なシュラフ濡らさないように透湿防水性の素材のものにしました。これだけで温かさがかなり違ってくると思います。
それからベンジンを使うハクキンカイロをやめて、使い捨ての貼るカイロをいくつか持って行きました。理由は歩いている日中より寝ている夜間のほうがカイロの必要性を感じ、かつポケットに入れて使うハクキンカイロより背中やおなかに複数貼れるほうが体が温まるし応用も効くと思ったからでした。

本当は一月末に行きたいと思っていましたが、仕事の都合で二月の猟期最終盤に決行することにしました。
この時は大型の寒波が襲来しており、山はいつ見ても雪雲がかかっている感じ。
なので当初予定していた西山をやめ、比較的気候が安定していて通い慣れている東山に行くことにしました。
雪の影響で一日延期したものの出発、気温は低くポケットに入れたペットボトルのアクエリアスが一時間ほど歩いたところでシャリシャリに凍り始めるほどでした。
この場所は毎回たくさんの鹿と遭遇する場所ですが、雪の量と寒さがこれまでとだいぶ違います。
こうした現場の状況の変化で鹿の行動パターンもガラッと変わります。
日差しもなく、冷たい風も吹いているのでおそらく風を防げるようなところで休んでいる個体が多いのだろうと考え、そういう場所に注意しながら歩いていました。

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地表が雪に覆われると鹿も食べ物に困ります。これは雪を掘って下から出てきた笹を食べた痕です。

予想は当たらず、ほとんど鹿に出会うこともなくテント場予定地へ到着。
標高は1600mを超えているので想像通り雪は多く、場所によっては膝までズボット埋まります。
そこで今回の新兵器。小型の雪かきスコップです。ホームセンターの安物ですが超軽量。
でも持ってきて正解。超役に立ちました。
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設営がすんだら薪集め。雪に地面が覆われていても立ち枯れの木は必ずあります。
折り畳み式の鋸も必需品。
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この日も日没まで頑張りましたが鹿との出会いは一度のみ、発砲チャンスはありませんでした。

雪の上でも焚火はできます。焚き付けは市販のものを持っていましたが、この時は良い白樺があったので皮を剥いで使いました。白樺の樹皮は油を含んでいるので最高の焚き付けになります。
着火用に何を使うかですが僕はライターメインで一応マッチも持って行っていました。
ライターは普通の100円ライターだと中身が液化ブタンで低温時に使えないので沸点が-10度以下のイソブタンが入っているというビッグライターを使っていました。
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が、最近のライターは子どものいたずら防止用に着火するのに力がいるような機構になっていて、これが極寒時に風などでちょっと着きが悪いと手が痛くてつらいということにこの時気付きました。
次回からはライターも持って行くけどマッチをメインにして、最近はやりのファイヤースターターも用意しておこうかな、と考え中です。

そしてこれまで同様、米を3合いっぺんに焚きます。
おかずは獲れなかったので定番ラーメンライス。
前回来たときは流れがあった小さな沢が完全に雪に埋まってしまっていたので水は雪を溶かして作ります。小さなゴミ混じりますがそこは気にしない。
夕食後は翌日の昼食用の握りメシを作りっておきます。
握りメシはそのまま置いておくと凍ってしまうので胸ポケットに入れて一緒にシュラフに入りました。
雪の上にマットを敷いて寝ているため背中が冷たくなってくるので、なるべく横を向いて接地面積を減らし、腹と背中にカイロを貼って寝ました。前回から使っている小型の湯たんぽもいい感じです。
夜中に鹿が近くででかい声で鳴いてびっくりして起きましたが、いろいろ対策したおかげでそれほど寒さを感じることもなく、朝まで何とか眠れました。

朝、飯盒の中の凍った米を溶かそうとコンロにかけましたがここで不測の事態が。
前回は使えたプロパン配合の強化ガスの火力が全然上がってこないのです。
どこかで聞いた、先にプロパンが燃えてしまってブタンが残ってしまう現象がこれなんだと思いました。
それもそのはず温度計を見ると-15度くらいになってそうです。
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調べたらイソブタンを注入したボンベもあるようなので次回はこれを試してみようと今は考えています。
とにかくこれではいつまでも朝飯が食べられないのでコンロをあきらめて朝から焚火をし
ます。
ちょっと時間がかかってしまいましたがやっと朝食を終えて出猟となりました。

コースは一日歩いてまたテントまで戻る、という初めてのケースだったので、今まで通ったことがないルートを予定していました。
日中は前日と比べて穏やかに晴れ、風もないので温かさも感じます。
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最初のうちは尾根を歩くルートでしたが、いろいろうまくいかなかったので途中から中腹を横移動するルートへ変更、その後、超至近距離で5頭の群れにバッタリ遭遇するという大チャンスがあったのですが、とっさのことで挙銃が間に合わず、逃げられてしまいました。
さらに昼食の握りメシを食べていた場所で新しいイノシシのはっきりした足跡を発見。猪の足跡を追ったことは何度かあったのですが、追い付けたことは一度もなく、毎回途中で見失ってしまっていたのですが、鹿との出会いも少ないことだしそれを追ってみることにしました。
しかし1時間ほどでやはり足跡が不鮮明になり、地形的にも追うのがきつくなってきたので追跡を断念。それから再び尾根に上り、時間的に日当たりの良い西側斜面を警戒しながらやや東側寄りを歩いていると、思惑とは逆の日陰の東側斜面で一頭の雌鹿が突然視界に入りました。
相手も僕の存在に気づいたようでこちらをじっと見つめています。距離は50mないくらい。
とっさにしゃがみ込み、目の前の小尾根の陰に隠れて相手の視界からいったん消えたところで改めてしっかりと銃を構えてから再び立ち上がります。
鹿はまだ僕がなんだか理解できず、こちらを見ていますが僕はスコープのレティクルにしっかりと鹿を入れていました。
鹿を発見してから狙いを定めて引き金を引くまで、5秒なかったと思います。
鹿が飛び跳ねるような動きをして走り出しましたが、すぐに崩れ落ちるのが見えました。
当たった!すぐに降りて確認、雌の成獣でした。
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鹿の位置から僕のいた方向を見てみると逆光でちょっと見づらく、それも幸いしたな、と感じました。
とにかくついに晩のおかずを獲ることができました。
解体し、ザックに詰め込みテントへの帰路へと着きました。
テントまでは2時間くらいの場所でしょうか。時刻は午後3時を回っていました。
雪が深くてなかなか早くは歩けませんが、日没までには帰りたいところです。
途中、再び鹿を発見。こちらにはまったく気づいていない様子です。
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写真中央に鹿。わかりますか?

でも時間的にも厳しかったので撃たず、気にせずそのまま歩き続けるとやっとこちらに気付いて逃げ出しました。
その数10頭以上。結構大きな群れでした。

何とか日暮れ前にテントへ到着し、夕食の準備です。いつものラーメンライスと、ついにおかずが加わります。
夕食用に持って帰ってきた鹿の心臓に木の棒をぶっ差し、豪快にそのまま直火であぶります。
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焼けてきた表面からナイフで削ぎ、塩コショウを振っていただきました。
もともと心臓(ハツ)は歯ごたえがあっておいしい部位ですが、思わず「うまい!」と声が出るほど感動的にうまい。あっという間に全部たいらげてしまいました。
また一つ夢がかない、大満足で二日目の夜の床に就いたのでした。

三日目の朝、パラパラとテントに何かが降る音で目が覚めました。
昨日までの寒波が急に緩み、なんと雨が降っているようです。
雨の中身支度をするのは嫌だったのでテント内でのんびりすることにしました。
すでに一頭獲れているので気持ちにも余裕があります。
しばらくすると雨も止んだのでパッキングし、下山を開始しました。
帰りながらも猟は継続する予定でしたが、緩んだ雪で足元が滑るのに加えて荷物が重くて急斜面を安全に降りてくるだけで精一杯で、鹿との出会いはありましたがとても猟にはなりませんでした。
でもおかげで余裕をもって昼くらいには車へ無事到着することができました。
たった二泊三日ですが、すごい久しぶりに帰ってきた気分で心底ホッとしました。
車でちょっと下ったところで一頭の猟犬を連れて歩いてきた地元の老猟師と出会い、しばし談笑。
ボルト式の年季の入った渋いライフルについつい目が行きましたが、ちょっと前まではパートナーがいたが、年で引退してしまったので今は一人でやっているとのこと。
雪に残る僕の車の轍が2、3日前のものだったので今下ってきたことを不思議がっていましたが説明すると納得。しかし、さすが猟師です。
こうして地元の猟師とコミュニケーションをとることも大事なことです。

これが猟期最終日。今期はやりたいこともほぼ達成でき、猟果も目標の5頭を超える7頭の鹿を獲ることができました。(罠で鹿2頭、猪1頭を別に獲りました)
実は猟期が終わってしばらくはちょっと燃え尽き気味だったのですが、最近はちゃんと身を入れて仕事もしています。(笑)
以上、長々書きましたが今猟期の記録でした。


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猟日記2017-2018⑤単独忍び猟2

もうすっかり春になってしまいましたが、猟期の記録を続けます。
単独猟の時に印象に残ったことをいくつか。

今期の3頭目となった雄鹿は山を登りはじめてからわずか1時間ほどで獲ることができました。
この日、これまでの反省からとにかく音を立てないことを最優先に、ゆっくりゆっくり忍び足で登ってみることにしてみました。
鹿は自分よりも斜面の上からくる相手よりも下方からくる相手に対しての方が気付くのが早いと言われています。
経験上も登りながら上の鹿を先に見つけて撃ち獲る、ということは下りながらよりも難しいと感じていました。
それまでは自分よりずっと上の鹿に先に気づかれ逃げられることが多く、苦戦していたのですが、この日は相当気を付けてゆっくり登っていったせいもあり、最初に出会った鹿の群れはほぼ等高線上、真横の位置。惜しくも発砲するところまでは至らずに逃げられましたが、初めて忍びでその射程に入るところまで近づくことができた、と感じました。
そしてその数十分後、登っていた尾根のすぐ上のほうからガサガサッという音が聞こえると同時に今度は大きな雄鹿が飛び出してきました。
鹿は横方向へ逃げかけて一度立ち止まります。
距離40m。すぐさま挙銃、スコープを覗きます。
鹿の体は立ち木にほとんど隠れていましたが、首から頭にかけてははっきりと見えており、射線上に何も遮るものはありません。
少しでも鹿の体が見えるように、自分の体を左に傾けて首の根元を狙って引き金を引きました。
体勢が悪かったせいもあり、銃の反動でバランスを崩して乗っていた石から落ちてしまいましたが、鹿が崩れ落ちるのが見えました。良い所に当たったようです。
しかしその場所は凍り付いた急斜面。ザーッという鹿の滑落音がいつまでも止みません。
でもどこら辺で止まったかをおおよそでも見極めるために、まったく見えない獲物の行く末に耳を澄ませていました。
相当下ですがようやく音が止まったようでした。さて下りねば、と向かいますがこれがかなりの急斜面。
どこを滑って行ったかも最初はわからなかったのですが、しばらく探しているとあたりに雄鹿特有の臭いを感じました。
雌に比べて雄は家畜のような体臭が強く、ちょっと前までいた場所には残り香があることがあります。
付近をよく見ると雪の残る斜面にわずかに残った血痕を見つけました。
ここを滑り落ちたんだ。確かによく見ると凍った雪面に滑ったあとが残っています。
慎重にあとをたどって降りていくと狙撃ポイントから100mくらい下ったところで絶命している雄鹿を発見しました。
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その場で解体、昼前には車まで戻ることができました。

4頭目の雌鹿をとったのはその4日後でした。
この時は前回とは同じエリアですが、3つ4つ隣の尾根を回るルートを選択しました。
登り始めて2時間くらいだったでしょうか。斜面右下方向に何やら気配が。
目をやると相手は全身真っ黒。間違えようがありません。熊です。

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熊がいた方向。1月ですがこのように雪は無し。冬眠していない熊も多そうで、足跡も結構あちこちで見ました。

距離は約40m。遮るものは何もなく、最高の条件に内心「もらった」と思いました。
熊はこちらに気づいておらず、地面を物色しながら何か食べるものでもないか、と探しながらゆっくりと歩いています。
ついに熊を仕留める時が来た、と銃を構え、弾を薬室へ送ります。
が、M870のフォアエンド(左手でスライドさせて弾を装填させる部分)が最後まで戻りません。
最後、カチッと音がするまで戻らないと構造上引き金は引けません。
クソ!逃げられる!と気ばかりが焦ります。
音に気を付けながらガチャガチャとやっていていたら何とか戻り、再び熊のほうを向きますが姿はなし。すっかりいなくなってしまいました。
残念でしたが熊と至近距離で銃トラブルは実は非常にヤバイ、ということに気づきました。
この時も腰の剣鉈に思わず手が行きました。
銃はおそらく手入れ不足の油切れ。勢いよくガチャッと戻せば弾が装填されるということがわかりました。
その後ちょっと山を登ったところで反対側の斜面に再び熊を発見。今度こそはと撃ちましたが外れて逃げられました。ちょっと距離が遠すぎました。
おそらく同じ熊、しかも僕が登っている尾根を僕のちょっと上で超えて反対側に渡ったということになり、ニアミスにちょっとしたヒヤリハットでした。

この後の午後、折り返した下りの最中、出会い頭に雌鹿を捕獲。4頭目となりました。
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その次の捕獲は1週間後、その間にも単独、グループと出猟しており、この近辺はかなり頻繁に猟に出ていたような気がします。
冷え込みが厳しくなってきて雪も積もっていたこの日は、鹿も日当たりが良く休みやすい所に群れで集まっているような傾向がありました。
割と大きな雌の群れをまず発見し、慎重に慎重に時間をかけて接近を試みて、満を持して発砲するも失中。ザーッと群れで逃げて行ってしまいました。
でもそのあと、時間を置かずに今度は雄の群れが。この時は出会い頭で向こうもこちらに気づいていたため、すかさず撃ちましたが今度は手前の灌木に弾が当たってしまい外れ。
この時は何が起こったかわからないかのように鹿がしばらく右往左往していたため、続けて撃ちましたがなぜか一発も当たらず結局逃げられてしまいました。

これまで獲った4頭はすべて一発目で仕留めていたのですがこの日は全部で5発撃っても一頭も獲れず、すっかり自信喪失でした。
持って行った弾も7発だけだったので残弾は2発だけ。半ばあきらめモードになっていましたが、午後チャンスが再々度訪れます。
日向で休む雄鹿。相手はこちらに気づいていません。しかし距離が若干遠い。100mを超えてそうです。(あとで測ったら113mでした)
急傾斜の撃ち下ろし。依託できる立ち木はちょうど良い場所になく、膝撃ちの構えで狙いますが射線上に邪魔な灌木があり、なかなか撃てません。多分灌木にちょっとかすっただけでも弾は逸れてしまうでしょう。
弾はわずか、このチャンスを無駄にしたくありません。
じっと狙い続けて「その時」を待っていると横からヒョイッと別の雄鹿が頭を出しました。
やはり群れでいたか。そちらの鹿は前に遮るものがありません。
狙いをとっさに変え、バイタルを狙って発砲。
最初に狙っていた鹿が飛び起きて逃げ出したのが見えましたが、撃った鹿がどうなったかはよく見えませんでした。
雪の残る急斜面を慎重に下って確認に向かいます。
雪面にわずかな血痕を発見。弾当たったようですが、姿はありません。
血痕をたどり下っていくと50mくらい下で絶命している雄鹿を発見。確認すると弾はおおむね狙ったところに入っていました。
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すると直後、今度はすぐ下で「ピー!」と鹿の鳴き声がします。
仕留めた雄鹿の群れとは別の個体がいたようです。
姿を確認。下方80m角は無し。雌のようです。
反射的に銃を構え、発砲。鹿は横方向へ走ります。
この時も即倒ではなかったので当たった確証がなかったのですが確認に降りると大量の血痕。
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これは近くで止まるな、と追うとやはりいました。30mほど横に移動したあと力尽き倒れ、滑り落ちたようでした。
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やはり雌でした。実は長野県の銃猟では理由はよくわかりませんが、雄は一日一頭という規制があります。
今期5,6頭目は単独銃猟でははじめての一日2頭となりました。

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急斜面で解体をするとき、僕はこのように立ち木にロープでくくっておきます。獲物をひっくり返してもこれなら滑ってきません。

激重の2頭分の肉を背負い、ふらふらで下っている最中にも何度も鹿に出会い、この日はこれまででもっとも鹿と遭遇した日となりました。
しかし獲ってももう持てず、何より弾はすべて撃ち切ってしまっていました。
ただ前回の熊の件もありましたし、山で銃が撃てないというのは不安なものです。
ちょっと反省し、次回からは多めに弾を持って行き、全部撃ち切らないように帰るまで必ず一発は残しておこうと思いました。

今期、単独銃猟での目標は鹿5頭だったのでここで達成となったのでした。


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